八甲田山雪中行軍の真実とは?「八甲田山 死の彷徨」レビュー

      2015/01/15

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1902年、訓練中の人的被害としては最も悲惨とも言われる八甲田山雪中行軍。その真実を描いたノンフィクション作品『八甲田山死の彷徨』。

この作品は青森県八甲田山で実際におきた、旧陸軍の山岳遭難事故を題材とした新田次郎の小説です。

八甲田山の遭難事件は映画化もされましたので、ご存知の方も多いと思います。というより、ある程度年配の方は皆知っている題材かもしれません。

またこの作品は、高倉健さんが第31聯隊の指揮官徳島大尉として主演した映画『八甲田山』の原作にもなっています。

この小説を読むきっかけとなったのは、あるマネジメント研修で講師の方に「リーダー像の具体例が分かりやすく示された小説」として推薦されたからです。

この小説には2人の部隊指揮官が登場しますが、結果的に1人は八甲田山踏破に成功し、1人は命を落とします。

あるべきリーダー像として、この八甲田山踏破を成した司令官のようにあるべき、また失敗した司令官のようにはならざるべきというわけです。

時代背景

時は日露戦争が現実味を帯びてきた1902年、ロシアとの開戦を控え寒冷地の攻略方法の研究として雪中行軍が計画されました。この行軍に挑むのは青森歩兵第5聯隊(れんたい)と弘前歩兵第31聯隊の2聯隊。

寒冷地での戦闘経験が浅い日本軍は、この演習によって対ロシア戦に活かすべく実地での経験値取得を目指しました。

結果として第31聯隊は見事犠牲者無しで全員が生還し、第5聯隊は95%の兵が凍死するという大きな犠牲を払いました。

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第31聯隊はなぜ八甲田山踏破に成功したのか

ここで疑問となってくるのが、同じ山岳地帯を同じ時期に行軍したにもかかわらず、なぜこれほど迄に結果に違いが出たのかということです。

まず31聯隊の指揮官徳島大尉(史実では福島大尉)はこの演習の指揮官を引き受けるにあたって上官にあることを約束させました。それは「この演習の人選・装備・計画など全てにおいて指揮官である自分に一任すること」です。

組織が大きくなればなるほど関係者・ステークホルダーは増えていきます。おのおのが自分の利益や名声の為に口を挟まないとも限りません。

徳島大尉はこのような内部崩壊を防ぎ、完璧な計画を実行に移す為、当時の軍隊ではおよそ言わないであろう大胆な要望を上官に行ったのです。

綿密に作成された演習計画

実行にあたっては、それこそ隅々まで綿密に計画されました。まず人選については全て地元出身者または、より寒冷地の出身者、しかも体格も一定以上の者のみを選びました。雪に親しみ雪山の脅威を知る者でないと、計画は成し遂げられないと分かっていたのです。

もちろん装備も上官が訝しむ程の用心ぶりで、人数は30名程の最低限の人数で編成されました。

部隊司令官は徳島大尉に色々と変更を指示したかったでしょう。しかし最初に「一切口出ししない」と確約しているので、全ては徳島大尉の計画通りに準備されました。

また行軍は総距離240キロを11日で走破する計画です。その地方の土地勘が無いので何とも言えませんが、作品中においては、かなり遠回りな上に行軍スピードも遅い慎重な作戦だったようです。

行軍時の徹底した命令と部隊管理

第31聯隊の雪中行軍も厳しい吹雪に見舞われ、過酷なものとなりました。いつも穏やかであった徳島大尉が、この行軍中は人が変わったかのように厳しく、一切の身勝手な行動を禁止します。

全員装備の装着タイミング(フードを被る・銃を背負う)なども全て命令通り行われ、独自判断で行動することを固く禁じられます。

もちろん行軍中指揮官と下士官の意見の衝突などありません。全員が一糸乱れず黙々と行軍を続け、遂には八甲田山を踏破します。

第5聯隊はなぜ失敗したのか

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同じように雪中行軍に挑んだ第5聯隊、彼らはなぜ失敗したのでしょう。最も大きい要因と思われるのが指揮系統の乱れです。

この演習に際しては一種聯隊どうしの手柄の取り合いという側面があります。失敗すれば責任を問われますが、成功すれば陸軍内において名声を得ることが出来ます。

第5聯隊は演習の成功が第一目標ではなく、「第31聯隊に勝つ」というのが第5聯隊の目標になってしまっていたようです。

また当初少数精鋭で挑もうとしていた第5聯隊指揮官の神田大尉(史実では神成大尉)でしたが、上官の山田少佐(史実では山口少佐)が中隊編成で行うように指示します。

しかもオブザーバーとして大隊から選抜した人員も随行することになりました。しかも大隊長は山田少佐です。

事前準備不足と指揮系統の乱れ

当初神田大尉が起草した計画は、山田少佐によってところどころ却下・修正を余儀なくされます。そのため事前準備も後手にまわり、とても満足とは言えない演習計画で雪中行軍に臨んだのです。

そして最も神田大尉を悩ませたのは総勢210名にのぼる大人数と部隊への山田少佐の随行でした。

雪中行軍では1人の落伍者が出れば、支援の為に3人の兵隊が必要と言われています。

そうなれば怪我人を抱えた3名は体力を消耗し、今度は逆に支援される立場へと変わる可能性もあります。そのときは新たに9名もの人員が余分に割かれ、このように雪だるま式に部隊の稼働人数は減少していきます。

また神田大尉が危惧した通り、行軍開始直後より部隊の指揮は山田少佐が執り始め、結局神田大尉は指揮官ではなく、一介の士官へと成り下がります。

行軍早々吹雪きに見舞われ、進退の重要な決断が迫られますが、神田大尉の意見は一向に聞き入れてもらえません。

それどころか一軍曹のあいまいな記憶による意見に部隊の命運を委ねます。当然部隊は遭難し、進むことも引くことも出来ない最悪な状況に陥ります。

この結果210名中、9割以上が凍死し、生存者わずか11名という未曾有の被害を出してしまうのです。部隊を思うように操れず死んでしまった神田大尉はさぞ悔しかったことでしょう。

対照的な結果の2つの聯隊。しかし指揮官はどちらも優秀だった

結果は全く対照的ですが、徳島大尉が優秀なのは当然として、神田大尉も部隊随一の能力を持つ優秀な指揮官でした。

そもそも部隊のプライドを懸けた挑戦的な演習において、能力の低い指揮官を任命するはずがありません。

この2つの部隊の命運を分けたのは、ひとつは事前の準備不足です。

作品を読んでいただくとわかりますが、徳島大尉は計画作成にあたり雪山の脅威を十分考慮し、慎重な計画を練ります。

そこには山登りのような気楽さは無く、成功か失敗か、失敗すれば即全滅という悲壮感があります。

必要な装備は全て部隊が支給し、取り扱いについても細かい指示がなされました。

対して神田大尉の第5聯隊は雪山の怖さを知らない兵も多く、比較的軽装で挑む者も多かったようです。これは雪中の必需品や装備を自己判断かつ自前で購入せよとの指示があったからです。

そのような兵士は真っ先に凍死したり、寒さの為に発狂していきました。

そしてもう一つは指揮系統の混乱でしょう。

本来指揮に対して口を挟むべきではない山田少佐が、結果として指揮権を奪ってしまい、神田大尉は部隊に適切な指示を出すことが不可能となりました。

指示を出すことの出来ないリーダーなど、もはやリーダーとは呼べません。やはりこの事件の元凶は山田少佐と言わざるをえないでしょう。

運も実力のうちか

このようにお互い優れた指揮官でありながら、明暗が分かれることもあるという示唆を、この小説は含んでいます。

どんな組織でも上司は選べません。とんでもない人物が上司だった場合には、神田大尉のような運命を辿るかもしれません。

その意味では結局実力があっても、運がなければダメだということになります。

しかし、神田大尉がもっと強くはっきりと山田少佐に「自分が指揮官であること」を進言していれば、その為に上官に嫌われ出世が遅れることになったとしても、部下の命は救えたかもしれません。

史実に『if』はあり得ませんが、大事の際には自分の利益を脇においてリーダーとしてのリスクを背負うことも重要なのだとこの小説は教えてくれます。

リスク・マネジメントやリーダーシップ論を学ぶ方には、是非1度読んでいただきたい良書です。

 -書評

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